ズーム スーパーフライ(1996)

●メーカー:ナイキ ●発売年:1996年
●定価:\13,000
●キーワード:朝原宣治、為末大、10本ピン

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「アディスター2000SP」のところで書いたように、1996年は久しぶりにナイキ、アディダスからニューモデルのスパイクが発売された。ナイキも以前のスパイクが下↓に貼り付けた1992年ころからの続投モデルだったので、結構驚きました。そのあとはコンスタントに新作出してますけどね。
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※Zoom Dは当時法政大学の苅部俊二氏が履いていた(1993年に斎藤嘉彦氏と同時に日本人として初めて400mHで48秒台を出したとき等)

タイトルの「ズーム スーパーフライ」だけど周囲で履いている人をほとんど見ることがなかった。かなり目立つデザインに加えて、ナイキは足形が日本人に合わない!と言われ続けていたので、敬遠する人も多かったのでは?しかし、この年すごい記録を出した二人が履いていて、ナイキのスパイクにも注目が集まるきっかけになった。
一人目は朝原宣治氏。同年の日本選手権でこのスパイクで10"14の当時日本記録を打ち立てました。そして当時高校3年生の為末大氏。この年からロングスプリントにコンバートした彼は、高校陸上界では無双してました。400mはインターハイ優勝はもちろん、国体で45秒台突入(金丸祐三氏が2004年に抜くまで高校記録)。おまけに急に国体で出場した400mHでも49"09なんて今でも燦然と輝く国内ジュニア記録を樹立(インターハイで圧勝していた吉澤賢氏をぶっちぎってしまって、少し気の毒だった。。)。※1
その後朝原氏、為末氏は引退までナイキのスパイクを履き続けるのだが、1996年のこの黄色いスパイクの躍進は少なからず日本のスプリント界にも影響を与えたはずだろう。「ナイキのスパイクって、結構やるじゃん」って。

このスパイクは現行の「ズーム スーパーフライ」ともプレートなどで似通っており、その原型になっているとも言えそう。下図の通り、現行品(2本×2本×4本=8本)に比べて、2列目のピンが2本多い(2本×4本×4本)。
でも1列目と3列目はほとんど一緒、現行品の元となっているのが理解できると思う。

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当時のトラックはまだチップタータンも多かったし、現在よりも2本多いほうがグリップ面でよかったのかもしれない。アタッチメントも標準装備だったし。

この後、ナイキは毎年のように新作スパイクを日本マーケットに落としていきます。
私は下図の「ズーム スーパーフライ r3(2011年モデル)」を持っているがグリップ性と反発がいいです。プレートはr3と比較して1枚成形ではなく柔らかそうだから、現行品ほどの反発は強くないかもだけど、きっとトラックをしっかり噛むグリップはあったはず。きっと履いてて走るのが楽しくなるようなスパイクだったんじゃないかな。

※1 為末氏が1996年に400mHでジュニア新出した時は、タイトルのスパイクの
   アッパーにズームDのプレートだったそうです。
   コメントにてご教示頂いた太郎さん、真にありがとうございました。

↓参考/2011年モデルの「ズームスーパーフライ r3」。
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この記事へのコメント

太郎
2016年06月03日 20:56
為末さんが国体で400mHジュニア新出した時はスーパーフライアッパーにズームDプレートですね
2016年06月05日 13:21
太郎さん
為末さんの400mHのジュニア新(1996)はズームDプレートだったのですね。ご教示いただき真にありがとうございます。このように稚拙な知識、雑感が多いかと思いますが、どうかご容赦ください。どうもありがとうございました。

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